
2017年、ワンダーファイ代表の川島慶は、「意欲格差」をテーマにした記事を公開しました。
オンライン教材やスマートフォンの普及によって、学びの機会は大きく広がり始める一方で、そこに手を伸ばせない子どもがいる。川島は当時、その見えにくい差を「意欲格差」という言葉で表現しました。
あれから約10年。AIの急速な普及によって、正解や説明にたどり着くことは、これまで以上に容易になりつつあります。だからこそ、子どもが何に心を動かし、どこから自分なりに考え始めるのかという、学びのもっと手前にあるものが、あらためて問われることが多くなりました。
川島はいま、「意欲格差」という言葉をどのように捉えているのでしょうか。AI時代における子どもの学びとともに聞きました。

川島 慶プロフィール
ワンダーファイ株式会社 代表。1985年神奈川県生まれ。栄光学園中学校・高等学校卒業。東京大学工学部卒業、同大学院工学系研究科修了。 花まる学習会を経て2014年にワンダーファイを設立。世界150カ国350万ユーザーが利用する思考力育成アプリ『シンクシンク』、STEAM教育領域の通信教育『ワンダーボックス』を開発。Google Play Awardsなど世界的な受賞多数。「算数オリンピック」の問題制作や東京大学非常勤講師も歴任する。2025年7月リリースの『ポケモンフレンズ』にて教育監修・問題設計を担当。著書に『自分の頭で考える子に育つ 学ぶ力の伸ばし方』など。
2017年に「意欲格差」と呼んだもの
──2017年の記事では、「意欲格差」という言葉を使っていました。当時は、どのような問題意識があったのでしょうか。
川島:
当時、児童養護施設などで子どもたちと接する中で、良い教材や学びの機会が目の前にあっても、そこに手を伸ばせない子どもがいることを感じていました。
教育格差というと、地域や所得、教材にアクセスできるかどうかといった差が語られることが多いですよね。もちろん、それは大きな問題です。
ただ、機会がそこにあるだけでは、学びにつながらないことがあります。
たとえば、じゃんけんでさえ「絶対に負けちゃうから」と怖がり、やりたがらない子がいました。
じゃんけんは、勝つこともあれば負けることもある遊びです。それでも、その子にとっては、負けるかもしれないことや、できない自分を見せることが、とても怖かったのだと思います。
それは、単に勉強が得意か苦手かという話ではなく、何かに挑戦するより前に、手が止まってしまうということです。その姿が強く心に残り、当時はその差を「意欲格差」と表現しました。
意欲がないのではなく、安心して手を伸ばせなかった
──あれから10年。今振り返ってみて、川島さんご自身のなかで考えが変化したことはありますか?
川島:
はい。今振り返ると、その子に意欲がなかったというより、私がその子と接していた場が、安心して自分を出せる場になっていなかったのだと思います。
子どもは、「失敗しても大丈夫」と思えなければ、なかなか手を伸ばせません。
できない自分を見せてもいいし、間違えても笑われない。まずはやってみてもいい。そう思える環境がなければ、子どもが自分を守るほうに向かうのは、自然なことです。
当時の私は、「良い学びの機会を届けたい」と考えていました。でも、その前に、その子が安心して手を伸ばせる場をつくれていたか。そこには、考える余地があったと思います。
これまで1万人以上の子どもたちと直接関わり、『シンクシンク』を通じて世界中の子どもたちの姿を見てきて、強く実感していることがあります。
それは、子どもはこちらが思っている以上に、自分なりにものすごく考えているということです。大人から見ると、ぼーっとしていたり、手が止まったりしているように見えるときでも、その子の奥では感性が動き、何とかしようと試行錯誤していたりする。
だからこそ、大人の役割は、足りないものを外から足してあげることではなく、その子の中にある素晴らしいものが、自然と出てこられる場をどうつくるかが何より大切なのだと思います。
だから今は、「意欲がある子」と「意欲がない子」がいる、とは考えていません。
意欲や好奇心は、本来、その子の中にあるものです。
ただ、それを安心して表に出せるかどうかは、環境や大人の関わり方に大きく左右されます。
そう考えると、「意欲格差」という言葉が問いかけているのは、子ども自身の差だけではありません。子どもの中にある意欲が自然に表れる場を、大人や社会がつくれているか。いまは、そのように捉えています。
AI時代に見えてくる、意欲と思考力の意味
──AIによって、正解や説明にたどり着きやすくなる中で、川島さんは子どもの学びをどのように見ていますか。
川島:
AIによって、正解や説明を得ることは、これからますます容易になると思います。
もちろん、知識やスキルは大切です。人類が積み重ねてきた叡智に触れることは、本来とてもわくわくすることですし、それが次の学びの道具にもなります。ただ、人間の学びを「正しい答えを出せること」だけで捉えることには、ますます違和感が出てくると思います。
私は、意欲を、その子の感性や関心のアンテナのようなものだと考えています。
AIが答えを出してくれるからこそ、何に心が動くのか。何を不思議だと思うのか。何を美しい、面白いと感じるのか。そうした、その子ならではの感性や引っかかりが、学びの出発点としてより見えやすくなるのではないかと思います。
そして思考力は、正しい方法をすでに知っていることではなく、「今の手持ちで何とかしてみよう」とする感覚に近いものです。まだ全部はわからないし、正しい方法も知らない。それでも、今見えているものや、自分が持っている知識や感覚を使って、まずは試してみる。
そのとき、子どもは「教わった方法を再現する」だけではなく、自分を拠り所にして考え始めます。
AI時代だからこそ、正解にたどり着く前の、自分なりに心が動き、試してみる時間を大切にしたいと思っています。

意欲を与えるのではなく、奪わない学びへ
──ワンダーファイのプロダクトにも、その考え方が反映されているのでしょうか。
川島:
はい。どのプロダクトでも意識しているのは、子どもが「やらされている」と感じる前に、自然と手が動き始める入口をつくることです。たとえば『シンクシンク』では、最初から正しい解き方を知っている必要はありません。
動かしてみて、比べてみて、違う方法を試してみる。そうしているうちに、「あ、こうかもしれない」という感覚が、子どもの中から出てきます。
今見えているものを手がかりに、自分なりに何とかしてみる。そういう時間をつくりたいと思っています。
『ワンダーボックス』では、画面上で試行錯誤するだけでなく、実際に手を動かし、並べ、組み立てながら考える体験を届けています。『ポケモンフレンズ』でも、子どもが自然に試したくなる、考えたくなる体験をどうつくるかを意識してきました。
私たちがしたいのは、外から意欲を与えることではありません。
こちらから「こう考えなさい」と教え込むのでもなく、その子の中にある「やってみたい」「どうなるんだろう」という気持ちが、安心して表に出てくる体験をつくることです。
──今あらためて、「意欲格差」をどのように捉えていますか。
川島:
2017年に「意欲格差」と呼んだものを、今の自分の感覚で言い直すなら、「子どもの中にある意欲を奪わない社会へ」ということに近いと思います。
子どもが、自分の感性を安心して表に出せるか。
失敗を恐れず、まずは試してみようと思えるか。
「今の手持ちで何とかしてみよう」と思える入口があるか。
AIが広がり、答えを得ることが容易になるからこそ、自分から心を動かし、手を伸ばしてみる経験の価値は、ますます大きくなると思います。
子どもの中にある意欲を、外からつくろうとするのではなく、奪わないこと。そして、その意欲が安心して表に出てくる場をつくること。
言葉にするとシンプルですが、実際には、教材の見せ方、難易度の置き方、失敗したときの体験、子どもがもう一度試したくなる余白など、細かな設計の積み重ねだと思っています。
その一つひとつに、これからも向き合っていきたいです。
■ 思考力育成アプリ『シンクシンク』について

『シンクシンク』は、ワンダーファイが掲げるミッション「世界中のこどもが本来持っている知的なわくわくを引き出す」に基づき作られた知育アプリです。考える力の土台となる5つの分野(空間認識・平面認識・試行錯誤・論理・数的処理)を、網羅的に楽しみながら学べるアプリとして、2016年より各アプリストアで配信を開始し、2025年12月で累計ユーザー数が350万人を突破しました。
Googleによるアプリアワード受賞、キッズデザイン賞受賞など国内外で高い評価を受けており、言語の壁を超え、世界150カ国の子どもたちに愛されています。
https://think.wonderfy.inc
■ 遊びながら学ぶSTEAM通信教材「ワンダーボックス」について

2020年4月にスタートしたワンダーボックスは、デジタルとアナログの組み合わせにより、家庭で子どもの「思考力・創造力・意欲」を引き出すSTEAM領域の通信教育サービスです(対象年齢:4〜10歳)。キッズデザイン賞・グッドデザイン賞・ペアレンティングアワードなど、数多くのアワードを受賞しています。
https://box.wonderfy.inc
